イラストレーション的アプローチ

イラストレーション5講目は、テニス観戦をする観客の資料をもとにアクリル絵具一発描き二時間コースです。
資料をそっくりそのまま描くのが目的ではありません。作者がそこから何を抽出し、どう絵にしていくのか。色なのか、線なのか、人の表情なのか。それが描く人によって違っていたり、共通する部分があったりして、ああ、絵に正解なんてないんだ、いや、ぜんぶ正解なんだ。と感じ入ることがこの課題の目的です。

今回は個々の解説ナシ。作品のみの紹介です。

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イラストレーションには、発注者が望むように絵を機能させることが前提条件としてあるので、前回(知覚の記録)の話の続きっぽくなりますが、「機能する絵」にしようという意識で描くと、自分がいつかどこかで見たイラストレーションに縛られてしまい、結果、テクニックが及ばずに、「気持ちはわかるがちょっと惜しい」という絵になってしまいがちです。
この場合は、技術的修練を積むことでお手本のような絵に到達できるのではないかと思います。

一方、何にも縛られることなく、自分の純粋意識のなかから生まれた絵をイラストレーションとして機能させる、という反対のアプローチがあります。こちらは技術の向上というよりは「この絵がどうしたらイラストストレーションになり得るか」という思考の領域となります。

どちらも有効だと思いますが、当教室では後者の考え方で講義を進めています。
講義の名前は「イラストレーション」となっていますが、イラストとして使えそうな絵を描くことを目的とするのではなく、どちらかというと、自由な作品を生み出す手段の一つとしてイラストレーション的アプローチを用いる、という感覚です。

まずは好きなように描く。テクニックとか気にしない。イラストレーションにならなくてもOK。独自の創造性を引き出すことにひたすら注力する。
そうすることによって、制約のあるなかでも描けるようになり、知らず知らずテクニックも身に付き、イラストレーショとしても機能する絵が描けるようになる。という、逆説的効果を期待していたりもします。

イラストレーションは創造性の発露の一端に過ぎません。他のカリキュラムのアニメーション、コラージュ、キャラクターも同様です。
表現方法を変えることによって培われる転換力、応用力は、自分の表現スタイルが固まったのちにも必ず役立つはずです。

自分の美意識は何なのか。こだわりは何なのか。得意なものは何なのか。創作行為のなかからそれらを発見し、発展させていくことにより、絶対無二のクリエイターであるとを自覚できるようになると思います。
この教室を、イラストレーション教室でもアニメーション教室でもなく、「創作教室」としたのも、そうした理由からです。

今回の「オーディエンス」制作では、おしゃべりをしつつ、すぐ近くで人の制作過程が見えるのも面白いと思い、机をくっつけてグループ制作っぽくしてみました。
また、「まわりを見渡してみて、よさげなタッチを見つけたらどんどん真似てみよう」と伝えました。真似するのも勉強ですからね。
ところが結果はこの通り、ぜんぶ違う絵になりました。楽しげにおしゃべりはしていましたが、思い返してみると、誰も人の絵に関心を持っていなかったような。。頼もしいかぎりです。

受講生の絵に教室のカラーが出ることは絶対に避けたいので、よい傾向だと思っています。僕の絵を真似ようなんて人は皆無。。頼もしいかぎりです。





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ABOUTこの記事をかいた人

1965年生まれ。セツ・モードセミナー卒業。1990年より創作活動を開始。 人間の顔をメインモチーフに、様々な表現法を駆使して作品を量産。2003年、バーチャルタレント集団 「キムスネイク」を生み出し、個性的なキャラクターのアニメーションを、テレビ番組やCM、WEB等で発表。 主な仕事:「ベストハウス123」「マツコの知らない世界」「GLAY」「VAMPS」など。 主な受賞:第7回イラストレーション誌「ザ・チョイス」大賞受賞、アヌシー国際アニメーションフェスティバル(2010)など多数。 絵の講師歴25年。 神戸芸術工科大学非常勤講師