太田士朗の顔面油彩画

こんにちは木村タカヒロです。今日は高校の同級生である太田士朗が僕の肖像画を描いてくれたので紹介します。

2年前の同窓会で十数年ぶりに再会した太田に「おう木村、俺、最近絵を描いてるんだ。木村の顔を描かせてくれよ」と言って写メを撮られました。

そのとき既に携帯のなかにはたくさんの友人たちをモデルにした顔面作品があり、どれも凄まじい迫力だったので、完成を楽しみにしていました。
写真を撮られるときに面白がって挑戦的な表情をつくってみましたが、ぺらぺらで嘘くささ満載だったのが、太田の筆力によって本物の挑戦者の顔となりました。

 

僕たちは育英高専(現サレジオ高専)という5年間の学校のグラフィック工学科に通っていましたが、当時は太田も僕も絵は描いていませんでした。
4、5年生もデザイン研究室で一緒だったけど、年中ディスコに通い、冬になると男ばかりで(男子校だったので)スキー三昧と、遊んでばかりいました。
卒業後、太田と会う機会はほとんどなくなりましたが、極真空手を極めるために四国にいるという噂を聞き、「太田っぽいなあ」と思ったのを覚えています。

 

太田は昔から「気合い」「根性」「ストイック」という言葉がよく似合う男だったのですが、だからといって僕を含め周りの仲間が「かっこいい」と褒め讃えるということはなく、太田の行動についてはいつも「やっぱ太田だよなあ、あははは」と笑いながら面白がっているかんじでした。

皆でスキー旅行に行ったときも、夕飯を食べずに自宅から持参した銀色の粉をぺろぺろなめているので、「太田どうしたの?」と訊くと「いや、鉄分とらないとダメだからよお。鉄を削ってきた」と笑いながら言う。「あははは、やっぱ太田だよなあ」と皆。いつもそんなかんじでした。

 

だから2年前の再会時に絵を見せてもらったときも、その絵の凄さには驚いたけど、太田が絵を描きだしたことには別段驚きませんでした。
太田が「描く」と決めたら、気合いを入れて根性で描くに決まってるし、ストイックに邁進するに違いないので。

 

再会のあと、「太田の絵、すごくよかった!いつか展覧会やってほしい」とメールすると、太田は「木村の根性の躍進は俺たち光だ」と返事をくれました。
躍進どころか、低空飛行でどうにか細々と続けている僕にとって、旧友のその言葉はとても有り難く、励みになりました。

 

太田が絵のモチーフに選んだのは、奇しくも僕と同じ「人の顔」。
僕も30代の頃に油彩で顔面画を描いてた時期があり、こんな顔が描けるようになりたかったんですが、挫折しました。またいつか挑戦したいという気持ちもありますが、太田が描いてくれてるから自分は描かなくてもいいや、という気持ちのほうが今は大きいです。

 

これから気合いで顔面作品を量産する太田を皆で囲み、いままでと同じように、心の中で「やっぱり太田はすげえ。かっこいい!」と心酔しながら、「あははは、よく描いたなーやっぱ太田だよなー」と面白がりたいです。そして展覧会、実現させたいです。

 

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太田士朗自画像

 

 





ABOUTこの記事をかいた人

1965年生まれ。セツ・モードセミナー卒業。1990年より創作活動を開始。 人間の顔をメインモチーフに、様々な表現法を駆使して作品を量産。2003年、バーチャルタレント集団 「キムスネイク」を生み出し、個性的なキャラクターのアニメーションを、テレビ番組やCM、WEB等で発表。 主な仕事:「ベストハウス123」「マツコの知らない世界」「GLAY」「VAMPS」など。 主な受賞:第7回イラストレーション誌「ザ・チョイス」大賞受賞、アヌシー国際アニメーションフェスティバル(2010)など多数。 絵の講師歴25年。 神戸芸術工科大学非常勤講師