マインドフルネスという言葉を最近よく耳にするので調べてみました。
私が以前行なっていた瞑想法や、いま教室で実践している快画との関連性について思ったことを書きます。
マインドフルネスとは?
“今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること” と定義する。
(日本マインドフルネス学会HPより)
だそうです。
マインドフルネスのやり方は?
静かな場所で目を閉じてゆっくり呼吸をし、同じ言葉を繰り返したりしながら、呼吸や言葉に意識を集中するという、一般的な瞑想法に似ているようですが、「今この瞬間」にフォーカスしている点が特徴的なのかもしれません。目を開けている状態で、歩きながらでも実践可能だそうです。
岡本太郎の言葉
私が「今この瞬間」という言葉ですぐに思い出すのは、芸術家・岡本太郎です。岡本太郎は「今この瞬間に爆発しろ」と言いました。
生前、太郎の知人が道で遭遇した際に「先生お久しぶりです」と挨拶したところ、「私に過去などない、知らぬ!」とはねつけられたのは有名な話です。そのくらい過去は振り返らず今に集中していたそうです。真偽のほどは定かでありませんが。
私はディスコで無になった
岡本太郎は「今この瞬間」の他に、「無になれ」とも言っていました。
私は10代のころに通い詰めていた新宿のディスコで初めて「無」になる経験をしました。
当時のディスコはアップテンポなミュージックが主流でしたが、2〜3時間おきにスローバラードが流れるなか男女が抱き合って踊る「チークタイム」という時間帯があって、男たちは周りにいる女性に声をかけて一緒に踊ってもらうのですが、「恥ずかしくて声など掛けられない」という尻込み状態からポンッと「無」のスイッチが入る瞬間があって、そうすると「やあやあやあ」などと軽々しく行動に移すことができ、この感覚がなんというか妙に爽快で、いつしか女性と踊るための手段であったはずの「スイッチを入れること」自体が目的となっていました。
瞑想との出会い
ディスコ通いを卒業し、絵を描くようになって、上手くなりたい一心でたくさん描いているのに一向に上達しない、個性的な絵を描きたいのに、いくら描いても平凡な絵しかできないともがいていると、あるときフッとそれまでとは全く異質の絵が生まれました。
良くできた。自分が描いたとは思えない。どうやって描いたのだろう。描いている時の感覚を思い出そうとしても思い出せない。無になっていたのだろうか。知らず知らずのうちにスイッチが入っていたのだろうか。
スイッチの正体がわかれば傑作を量産できるかもしれない。そんなことを思いながら過ごすなかで、27歳の時に瞑想を知り、習いに行きました。私がやったのは「TM瞑想」といって、目をつむりマントラを唱えるものでした。慣れてくると、手足の感覚がなくなったり、たまにブワッと至福感が沸き起こりました。チークタイムの時のように一気に無の方に振りきる爽快感とはまた違った、自動的に無の状態に潜っていく感覚でした。
その時に教わった「無邪気にやること」「期待しないこと」という瞑想のコツは、「あ、絵と同じだな」と思いました。
TMは映画監督のデヴィッド・リンチも熱心な実践者です。私はずっとサボっていますが。
エックハルト・トール
もう一つ、「今この瞬間に集中」で頭に浮かんだのが、「ニューエイジ」(エックハルト・トール著)という本です。
これでもかというくらい「今に集中すること」について書かれています。
ほとんどの場合、いまこの瞬間というのは、目的達成のための手段となっていますが、それを逆転させてみると良いそうです(図らずも私がチークタイムでやったように笑)。
例えば、手を洗うという行為は、手をきれいにするための手段ですが、手を洗うという行為そのものに全意識を集中してみるとか。
マインドフルネス瞑想法は、エックハルト・トール氏のメソッドと通じるところが多々あると思いますが、僕の体験からすると、マインドフルネスの定義「今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること」のなかの「評価をしない」「とらわれない」という部分は、慣れていないと少し難しいように思いました。人間は「〜してはいけない」と意識すると、緊張して逆にとらわれてしまう性質があるからです。
それよりも、「今まで手段でしかなかった、今この瞬間の行動を評価し、今の行動にとらわれて、ひたすら観ること」に取り組むほうがうまくいくような気がします。単に言葉の違いではありますが。
岡本太郎は「絵を描くときは無目的であれ」とも言いましたが、それは傑作を生み出すという目的ありきの話です。
ただ闇雲に、気持ちよく、ダラリと描くのではなく、「無目的になる」という強烈な意思のもとに、手の動き、筆の動き、絵の具の変化に一点集中していたのです。制作中に「傑作を生み出したい」という欲が出るとうまく行かないことがわかっていたのでしょう。だから「無目的に今に集中」という戦術を使った。
目的を達成するためには一つ一つの手段を目的化しなければならない、ということです。
そして快画へ
快画のワークショップに参加した方は、目的と手段の逆転話が腑に落ちたのではないかと思います。絵が苦手という人は、「こんなふうに教わったはず」という過去や、「あんなふうに描けたら」という未来を思い描きながら、頭の中にある理想に向かって手を動かしています。そして、出来上がった絵が理想とかけ離れていることを確認し、「絵が苦手」となるわけです。
快画は、今この瞬間に見えているものに集中して、ただそれを記録すると何が生まれるか、という実験であり、結果をイメージできないようなやり方で描きます。これをやると、誰でも短時間のうちに生き生きとした線で絵が描けるようになります。
マインドフルネス快画法
さて、これまで絵の上達を目的として快画塾を続けてきましたが、実はこれ、手段と目的をひっくり返すと、マインドフルネスとしても活用できるのではないかと考えるようになりました。今この瞬間に集中するためのテクニックとして、快画はかなり有効ではないかと。自分の呼吸や動きに意識を集中するのが難しい人でも、絵の題材(人物や静物)をじっと観察して手を動かすだけなら容易に出来そうです。
現にこれまで数多く実施してきて、「頭がスッキリした」「心が解放された」「無心になれた」という感想をたくさんいただいており、これは瞑想の効果と似ています。
ということで、特に絵に興味はないがマインドフルネスに興味を持っているという方も、ぜひ快画塾に参加してみてください。
最後はしっかり宣伝(^^)
絵を描いてる人、一読の価値アリです
ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-
エックハルト・トール (著), 吉田 利子 (翻訳)