2000年に開催された渋谷パルコでの展覧会カタログのなかで、イラストレーションについて書いた文章があるので、ご紹介します。
考え方はいまも基本的に同じですが、パソコンやインターネットの発展によってイラストレーションを取り巻く状況が変わってきているので、そのあたりを踏まえつつ、当教室の指針などについて書きたいと思います。
まずは14年前の文章から。
■ILLUSTRATION
イラストレーションを描くとき、僕はとても冷静だ。
イラストレーションにはいくつかの拘束がある。
絵のスタイル、テーマ、発注者のイメージ等々。
締めきりという時間的な拘束もある。自由がない。好き勝手にやれない。
自分が描きたい絵を描くときは、完全に自由でいたい。
絵が途中で方向を変え、どこへ向かおうと、すべて許される、完全な自由。
しかしイラストで「絵に失敗も成功もない。魂をぶつけるだけ。どんな絵になるかわからない」
なんて発注者に言ったところで、困惑され、気持ち悪がられるだけだ。
イラストレーションに必要なもの、それはひとことで言えばテクニックだ。
日々嬉々として「自由の世界」で遊びまくり、そこで知らず知らず身についてしまったテクニック。
いい絵を描くのにテクニックはいらない。しかしいい絵の中にテクニックはある。
たなぼた的に得たテクニックを意識的に、さりげなく駆使するのがイラストレーションだと思う。
拘束がひとつでもあると、それは自由ではない。
だからイラストの仕事で自由に描くなんてあり得ないのだ。
冷静に、肩の力を抜き、自由な雰囲気をテクニックで醸し出し、
相手が喜ぶような絵を描くことに意識をもっていく。
そうして出来た絵のほうが、自由に描いた絵より評判がよかったりするもんだから、本当はなんにもわかっちゃいないんだと思う。
(2000年6月)
1995年頃の雑誌イラストレーション(上:コスモポリタン、左下:モニク、右下:フラウ)
ここで言うテクニックとは、デッサン、彩色、構図、配色など、絵を描くための技術のことですね。
僕の場合だと、好きで怖い顔の絵ばかり描きまくっているうちに、わりときれいめな人物画も描けるようになったので、それをイラストレーションとして成立するように意識して描く、ということでしょうか。
当時の僕のイラストレーション仕事は、雑誌の挿絵がメインで、たまにCDジャケットや、デパートのポスターをやったりしていました。
そのなかでも、女性誌が多かったので、こんなことを書いたのだと思います。
FLASHでアニメーションを作り始めたばかりの頃で、まだキャラクター(キムスネイク)で商業的な仕事はしていませんでした。
あれから14年が経ち、「イラストレーションには拘束があり、完全な自由はなく、発注者の意に沿う絵を描く」という点は今も同感ですが、テクニックについては少し違う考えを持つようになってきました。
パソコンのソフトやアプリを使って誰でも作品がつくれるようになり、加えてイラストレーションの需要も多様化してきたため、イラストで仕事をするために、絵を描く技術は必ずしも必要ではないのかもしれない、と考えるようになりました。
別の言い方をすると、絵を描く技術があっても、それが恒常的にイラストレーションとして通用するとは限らない、ということです。
ではイラストレーターに必要なものは何かというと、いま僕が考えるのは、戦術です。
ひとむかし前は、絵を描く技術が即、戦術になり得ました。精巧な描写や丁寧な彩色は、「プロの仕事」として重宝がられ、自ずと戦術となり、それだけで勝負できました。
もちろん、発想力や、何を描くか、ということも大切な要素ですが、それらをカタチにするためには技術が伴っている必要がありました。
また、絵を描く技術が至らずとも、圧倒的なオリジナリティによる作品の魅力で勝負できるイラストレーションもありますが、これにしても、気まぐれな一時の流行に消費されてしまわないよう、時代にあわせて戦術を変えていかなければなりません。
僕のような「絵を描くのが好きだから生業にしちゃった」的なイラストレーターにとって、これは大きな課題であります。
好きな絵はいくらでも描けますが、変化する時代の需要にそって戦術を変えていくことを並行してやっていかねばならず、ときにそれは、絵を描くときの純粋性とは真逆の発想になることもあるかもしれません。
極端なはなし、絵を描くための技術やセンス、個性がなくとも、発注者を満足させることを第一義に考えて戦術を練れば、あとはソフトとアプリとアイデアで作品はつくれてしまいます。
かといって技術が不要になったわけでは決してなく、技術は戦術に内包されてしまったということです。
同じように、センスや個性といわれるものも、それひとつで成立させるのではなく、戦術の一つとして打ち出していく必要があるかと思います。
当教室のイラストレーション基礎講座では、技術の向上とともに絵を描く楽しさを伝え、並行して、作品をどう活かしていくか、ということをテーマに講義を進めていこうと思います。