ゴードン・マレー

不定期連載 私の出会ったクリエーター、またはその体験 穂積政浩
 
第2回 ゴードン・マレー

 
今回は、世界屈指のカーデザイナー、ゴードン・マレーを取り上げます。その前に前回アルヴィン・ニレジハージについて書きましたが、最後の天才から学ぶもので、意識的にはっきり書かなかったことがありますので、それについて補足させていただこうと思います。

 

1.アルヴィン・ニレジハージ補足
 
音楽の創作において、では実際にどうすればよいかという点ですが、みなさんに読み取ってもらおうと思い、少しぼかしてしまったのですが、かえって論理の飛躍もあり、分かりにくかったと思います。
要は、感じたこと、心にある思い、喜び、悲しみ、安らぎ・・・それを大部分、8割くらいにして、創作(この場合、作曲)しようとする意志は2割程度にするということです。そうすると修練にもよりますが自然に感じたことが覚えたピアノや管弦楽の音色とともに音楽となって流れてきます。その修練期間は人によって様々で、一生かかってもそうならないひとも多いとは思いますが、人によってその瞬間が訪れることがあると思います。通常、まったくこの逆をするために頭だけの楽曲になることが多く、まるで機械の設計図でも書いているようになることが多いと思います。大抵は楽器を奏でて、それなりに感じたことは小さく、頭だけの創作となります。他の分野の創作にもかなり似た面があると私は思っています。前者の状態が続くと聞く音楽も気持ちの入ったものと入っていないものを明瞭に聞き分けることができます。気持ちの入っていないものは、いかに技巧的に素晴らしくても乾いて聞こえます。また小さな子供の心からの歌に真実を感じることにもなるでしょう。さらに瞬間的に全体を感じることや音楽や旋律を見るような感覚になることもあり、そのあとは、それを引き出すだけでいいということも体験できるでしょう。その時は、その気持ちにならずとも、ただ引き出すだけでいいのです。
出来ているものを出してくるだけですから。
 

「今日のピアニストは表現性がひどく乏しいので、演奏を聴いていてあまり感情が感じられない。」
 
「考えて作らない。音楽が流れてくる。どうしようもない。」
 
「私がみんなと違うのは、ただ事実を正確にいうだけだ。」
 
(以上、ニレジハージの言葉)
 

「構想は、宛も奔流の様に、実に鮮やかに心のなかに姿を現します。しかし、それが何処から来るのか、どうして現れるのか私には判らないし、私とてもこれに一指も触れることは出来ません。・・・・・後から後から色々な構想は、対位法や様々な楽器の音色にしたがって私に迫って来る。丁度パイを作るのに、必要なだけのかけらが要る様なものです。こうして出来上ったものは、邪魔の這入らぬ限り私の魂を昂奮させる。すると、それは益々大きなものになり、私は、それをいよいよ広くはっきりと展開させる。そして、それは、たとえどんなに長いものであろうとも、私の頭の中で実際に殆ど完成される。私は、丁度美しい一幅の絵、あるいは麗わしい人でも見る様に、心のうちで、一目でそれを見渡します。後になれば、無論次々に順を追うて現れるものですが、想像の中では、そういう具合には現れず、まるで凡てのものが皆一緒になって問えるのです。大した御馳走ですよ。美しい夢でも見ている様に、凡ての発見や構成が、想像のうちで行われるのです。ーーいったん、こうして出来上って了うと、もう私は容易に忘れませぬ、という事こそ神様が私に賜った最上の才能でしょう。だから、後で書く段になれば、脳髄という袋の中から、今申し上げた様にして蒐集したものを取り出して来るだけです。・・・・周囲で何事が起ろうとも、私は構わず書けますし、また書き乍ら、鶏の話家鴨の話、或はかれこれ人の噂などして興ずる事も出来ます。然し、仕事をしながら、どうして、私のすることが凡てモオツアルトらしい形式や手法に従い、他人の手法に従わぬかという事は、私の鼻がどうしてこんなに大きく前に曲って突き出しているか、そして、それがまさしくモオツアルト風で他人風ではないか、というのと同断でしょう。私は別に他人と異った事をやろうと考えているわけではないのですから。・・・」
モーツァルトの手紙(小林秀夫「モオツァルト」より)
 

ちなみにモーツァルトとニレジハージの違いが一つあります。それは人を喜ばそうとする気持ちです。これは圧倒的にモーツアルトの方が強く、いかに悲しんでいても彼は人を喜ばそうとすることができました。しかもとても自然で美しい音楽をつくれました。悲しいのも事実ですが、人を喜ばそうという気持ち自体もまた本物だったからでしょう。ちょうどモーツァルトが旅先で彼の母が亡くなった時に父にあてた手紙には母の死を隠そうとわざと冗談やふざけた話を手紙にかいたものが残っていますが、まさしく音楽でも彼はそれができました。しかし彼の音楽にはいかに楽しい長調の楽曲が多くても、人生への諦めや悲しみが底に流れているような気がします。モーツァルトを知り尽くした指揮者、カール・べームが彼の本質は悲しみだと言っていたことが私にはよくわかるような気がするのです。ただ自己の悲しみそれだけを歌ったニレジハージと、そうでないモーツァルト、どちらも真の心を歌った天才であることには間違いないでしょう。
 
 

 
2.ゴードン・マレー
 
ゴードン・マレーは現在、カーデザイナーの中では、世界的にトップに立つ人といえます。多くのカーデザイナーは現代の分業方式の中でデザインするので、表面的なデザインしかしないことが多いようです。表面的とは文字通り、車の表面です。フェラーリの高名なデザイナーのデザイン制作を見て、ずいぶん失望した覚えがあります。直感とアイデアのみで、さらさらと15分ほどで流れるように書き起こしたデザインコンセプトは、まったく独創性がなく、いったい何を感じて、何をつくっているのだろうとおもうことがしばしばでした。日本の車メーカーのデザイナーの方々から請われてゴードンマレーと会わせて会食と歓談をしたときは、みなが口々に行き詰まっている現状を口にしては、ゴードンの発言に耳を傾けていました。多くは車の需要によるマーケティング的な観点からデザインされているようで、いわゆる色気はどんどんなくなっています。デザイン重視のヨーロッパのカーメーカーでさえ、メーカーのイメージに固守して自由になれません。ある元F1ドライバーと車にのってあるメーカーのショールームを横目でみやったときに、彼は言ったものです。
「終わってるな、欲しい車ぜんぜんない。」
 
 

3.ゴードン・マレー略歴
 
1946年南アフリカで生まれ、製図、工学を学んでのち、1969年、イギリスに渡りレーシングカーの設計をするようになります。ブラバムというF1チームに職を得て、どんどん頭角を現し、彼の設計によるマシンは、連戦連勝でした。1986年マクラーレンに所属チームを変えて、伝説的なドライバー、アイルトン・セナをチャンピオンにするマシンを製作して、その後、ロードカーの製作に携わります。1991年、マクラーレンF1(F1カーではなくロードカー)を製作、発表しました。このスポーツーカーは当時、ノーマルの状態で時速371kmの世界記録を出し、1億円したにも関わらず多くの人がこれを買い求めました。現代でも、20世紀最高のスーパースポーツカーとして人気が衰えず、当時の販売価格の何倍もする価格にも関わらずなかなか入手できない状態が続いています。さらにその後、メルセデス・ベンツと共同で、メルセデス・ベンツ SLRマクラーレンという車を生み出します。現在では、独立して、都市化する今後の社会に対応した小型で操作性のよい車、またはさまざまな企業のリクエストに応じた車などを製作しています。ビートルズのジョージ・ハリスンが彼のファンで、かつ親友であったことはとみに有名ですが、それだけでなくMr.ビーンで知られるローワン・アトキンソン、アイルトン・セナなど彼の車を愛する著名人は大変多くいます。
 
 

4.発送の自由さ
 
ゴードンほど、カーデザイナーの中で、大変自由で革命的なことをした人を私は知りません。ともかくとんでもないことを彼は考えます。しかしそのとんでもないことは、よくよく見るととても合理的で、納得する結論なのです。またそれは彼の車の全体像の中でとてもきれいに配置されています。例を挙げますと・・・
 

ブラバム・BT46B(Brabham BT46B)(1978年~1979年)
BT46B
なんと大型送風機(ファン)を取り付けて車体の底から空気を吸い出し、負圧を発生させることを考え付いた(前例はなくはなかったが)。ラジエーターの冷却だけでなく地面を吸い付くように走れるダウンフォース(高速で走行しながらコーナーを曲がるため、ダウン(下向き)フォース(力)を得る)を発生させられた。F1レースでデビューしたが、ぶっちぎりで1位となったために、その1戦で廃止になった。
 

ブラバム・BT46
BT46
表面冷却システム。普通ラジエーターは、水やオイルを冷やすために、車の中にあるものですが、なんと彼は車の表面にアルミ製の薄いヒートエクスチェンジャーパネルを並べ、ボディ表面を流れる気流でエンジン冷却水とオイルをクーリングする方式としたのです。
 

マクラーレンF1 中央シート
MF_1_1
MF_1_2
ドライバーの席は、通常は、日本なら右、海外なら左が主流ですが、彼は中央にしました。人間にとって、それが自然という理由で、事実、中央にドライビングシートがあると、とても運転しやすいです。そのため、このマクラーレンF1は、中央にドランバーのシート、少しずらして、左右に助手席を設けていました。
 

その他、
エンジンを傾ける、
走行中に車高を下げるシステム、
低重心で安定したスポーツカーの開発(今では主流ですが)
 

成功例 マクラーレンMP4/4
MP44
軽量化のための素材変更で、カーボンファイバーを使用。
 

メルセデス・ベンツ SLRマクラーレン
SLR
 

T 25
T25
駐車スペースに3台入る車。長さには意味があるとゴードンは言いました。
 
などなど
 
 

5.ゴードンの発送の原点
 
ゴードンのこの自由な発想の原点には三つの理由があるようです。
 
1.強い目的観
レーシングカーの時は、常にコンマ何秒早くするためにすべてはあるという意識。そのためならば、すべての規制された考え、通例を排除。
ロードカーの時は、いかに魅力的で操作性のよい車を作るか、そのためにはやはり、すべての規制、通例、習慣をとりはらった考えを一度してみる。
 
2.全体像を常に意識している。
冒頭に申し上げたように、ゴードンはデザイナーとしては珍しく、表面だけでなく、エンジニアリング、素材などに精通していて、全体的に考えられる数少ないデザイナーです。車の文化論的なこともたえず考えていて、今の彼の主眼は、これから各国都市化される中で、車はどうあるべきかでデザインをすることです。こういうデザイナーは、他に私は知りません。
 

3.宗教観
これはここでとりあげることではないかもしれませんが、すべての思想の土台として彼はジョージハリスンと学んだインド宗教が根底にあるようです。彼のファクトリーを訪ねるとその奥に車の上にクリシュナ像があったときは、大変驚きました。
 
 

6.ゴードンから学ぶもの
 
彼の静かで信念に満ちた仕事っぷりは、常に私の尊敬するところですが、やはりその発想の自由さということや、たえず全体像を意識していることは、他のカーデザイナーにはなかなか見られないことなので、私は会うたびに、新鮮な想いをします。そしてこれだけのキャリアにも関わらず、とても腰の低い紳士であります。いつか彼と日本の名所を彼のロードカーで一緒に走りたいと夢見ています。
 

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ゴードン・マレー(左)と筆者
 

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私の出会ったクリエーター、またはその体験 第1回:ニレジハージ


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ABOUTこの記事をかいた人

1965年生まれ。セツ・モードセミナー卒業。1990年より創作活動を開始。 人間の顔をメインモチーフに、様々な表現法を駆使して作品を量産。2003年、バーチャルタレント集団 「キムスネイク」を生み出し、個性的なキャラクターのアニメーションを、テレビ番組やCM、WEB等で発表。 主な仕事:「ベストハウス123」「マツコの知らない世界」「GLAY」「VAMPS」など。 主な受賞:第7回イラストレーション誌「ザ・チョイス」大賞受賞、アヌシー国際アニメーションフェスティバル(2010)など多数。 絵の講師歴25年。 神戸芸術工科大学非常勤講師