カーデザイナーゴードン・マレーに学ぶ発想の自由さ

不定期連載 私の出会ったクリエーター、またはその体験 穂積政浩

第2回 ゴードン・マレー

今回は、世界屈指のカーデザイナー、ゴードン・マレーを取り上げます。

ゴードン・マレーは現在、カーデザイナーの中では、世界的にトップに立つ人といえます。

多くのカーデザイナーは現代の分業方式の中でデザインするので、表面的なデザインしかしないことが多いようです。表面的とは文字通り、車の表面です。フェラーリの高名なデザイナーのデザイン制作を見て、ずいぶん失望した覚えがあります。

直感とアイデアのみで、さらさらと15分ほどで流れるように書き起こしたデザインコンセプトは、まったく独創性がなく、いったい何を感じて、何をつくっているのだろうとおもうことがしばしばでした。

日本の車メーカーのデザイナーの方々から請われてゴードンマレーと会わせて会食と歓談をしたときは、みなが口々に行き詰まっている現状を口にしては、ゴードンの発言に耳を傾けていました。

多くは車の需要によるマーケティング的な観点からデザインされているようで、いわゆる色気はどんどんなくなっています。デザイン重視のヨーロッパのカーメーカーでさえ、メーカーのイメージに固守して自由になれません。ある元F1ドライバーと車にのってあるメーカーのショールームを横目でみやったときに、彼は言ったものです。

「終わってるな、欲しい車ぜんぜんない。」

ゴードン・マレー略歴

1946年南アフリカで生まれ、製図、工学を学んでのち、1969年、イギリスに渡りレーシングカーの設計をするようになります。ブラバムというF1チームに職を得て、どんどん頭角を現し、彼の設計によるマシンは、連戦連勝でした。

1986年マクラーレンに所属チームを変えて、伝説的なドライバー、アイルトン・セナをチャンピオンにするマシンを製作して、その後、ロードカーの製作に携わります。

1991年、マクラーレンF1(F1カーではなくロードカー)を製作、発表しました。このスポーツーカーは当時、ノーマルの状態で時速371kmの世界記録を出し、1億円したにも関わらず多くの人がこれを買い求めました。現代でも、20世紀最高のスーパースポーツカーとして人気が衰えず、当時の販売価格の何倍もする価格にも関わらずなかなか入手できない状態が続いています。

さらにその後、メルセデス・ベンツと共同で、メルセデス・ベンツ SLRマクラーレンという車を生み出します。現在では、独立して、都市化する今後の社会に対応した小型で操作性のよい車、またはさまざまな企業のリクエストに応じた車などを製作しています。ビートルズのジョージ・ハリスンが彼のファンで、かつ親友であったことはとみに有名ですが、それだけでなくMr.ビーンで知られるローワン・アトキンソン、アイルトン・セナなど彼の車を愛する著名人は大変多くいます。

発想の自由さ

ゴードンほど、カーデザイナーの中で、大変自由で革命的なことをした人を私は知りません。

ともかくとんでもないことを彼は考えます。しかしそのとんでもないことは、よくよく見るととても合理的で、納得する結論なのです。またそれは彼の車の全体像の中でとてもきれいに配置されています。例を挙げますと・・・

ブラバム・BT46B(Brabham BT46B)(1978年~1979年)
BT46B
なんと大型送風機(ファン)を取り付けて車体の底から空気を吸い出し、負圧を発生させることを考え付いた(前例はなくはなかったが)。ラジエーターの冷却だけでなく地面を吸い付くように走れるダウンフォース(高速で走行しながらコーナーを曲がるため、ダウン(下向き)フォース(力)を得る)を発生させられた。F1レースでデビューしたが、ぶっちぎりで1位となったために、その1戦で廃止になった。
ブラバム・BT46
BT46
表面冷却システム。普通ラジエーターは、水やオイルを冷やすために、車の中にあるものですが、なんと彼は車の表面にアルミ製の薄いヒートエクスチェンジャーパネルを並べ、ボディ表面を流れる気流でエンジン冷却水とオイルをクーリングする方式としたのです。
マクラーレンF1 中央シート
MF_1_1
MF_1_2
ドライバーの席は、通常は、日本なら右、海外なら左が主流ですが、彼は中央にしました。人間にとって、それが自然という理由で、事実、中央にドライビングシートがあると、とても運転しやすいです。そのため、このマクラーレンF1は、中央にドランバーのシート、少しずらして、左右に助手席を設けていました。

その他、
エンジンを傾ける、
走行中に車高を下げるシステム、
低重心で安定したスポーツカーの開発(今では主流ですが)
成功例 マクラーレンMP4/4
MP44
軽量化のための素材変更で、カーボンファイバーを使用。
メルセデス・ベンツ SLRマクラーレン
SLR
T 25
T25
駐車スペースに3台入る車。長さには意味があるとゴードンは言いました。

などなど

ゴードンの発想の原点

ゴードンのこの自由な発想の原点には三つの理由があるようです。

1.強い目的観

レーシングカーの時は、常にコンマ何秒早くするためにすべてはあるという意識。そのためならば、すべての規制された考え、通例を排除。

ロードカーの時は、いかに魅力的で操作性のよい車を作るか、そのためにはやはり、すべての規制、通例、習慣をとりはらった考えを一度してみる。

2.全体像を常に意識している。

冒頭に申し上げたように、ゴードンはデザイナーとしては珍しく、表面だけでなく、エンジニアリング、素材などに精通していて、全体的に考えられる数少ないデザイナーです。

車の文化論的なこともたえず考えていて、今の彼の主眼は、これから各国都市化される中で、車はどうあるべきかでデザインをすることです。こういうデザイナーは、他に私は知りません。

3.宗教観

これはここでとりあげることではないかもしれませんが、すべての思想の土台として彼はジョージハリスンと学んだインド宗教が根底にあるようです。彼のファクトリーを訪ねるとその奥に車の上にクリシュナ像があったときは、大変驚きました。

ゴードンから学ぶもの

彼の静かで信念に満ちた仕事っぷりは、常に私の尊敬するところですが、やはりその発想の自由さということや、たえず全体像を意識していることは、他のカーデザイナーにはなかなか見られないことなので、私は会うたびに、新鮮な想いをします。そしてこれだけのキャリアにも関わらず、とても腰の低い紳士であります。いつか彼と日本の名所を彼のロードカーで一緒に走りたいと夢見ています。
2shot
ゴードン・マレー(左)と筆者
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godon

私の出会ったクリエーター、またはその体験 第1回:ニレジハージ


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ABOUTこの記事をかいた人

1965年生まれ。セツ・モードセミナー卒業。1990年より創作活動を開始。 人間の顔をメインモチーフに、様々な表現法を駆使して作品を量産。2003年、バーチャルタレント集団 「キムスネイク」を生み出し、個性的なキャラクターのアニメーションを、テレビ番組やCM、WEB等で発表。
主な仕事:「ベストハウス123」「マツコの知らない世界」「GLAY」「VAMPS」など。
主な受賞:第7回イラストレーション誌「ザ・チョイス」大賞受賞、アヌシー国際アニメーションフェスティバル(2010)など多数。
絵の講師歴25年。
神戸芸術工科大学非常勤講師